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対談

第2回 課題解決に必要な先見性 視野を広げ、仕事を楽しむ

2016.09.30

山本真由美さん
(日本アンチ・ドーピング機構(JADA)シニア・マネージャー)

山本 真由美 氏 略歴

津田塾大学国際関係学科卒業。英国ラフバラ大学博士号、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)にマネージャーとして勤務後、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)シニア・マネージャーに。ラフバラ大学オリンピック・スタディーズ研究センター客員研究員。嘉納治五郎記念国際研究・交流センター研究員。スポーツ政策専門、現在世界のアンチ・ドーピング活動を通した総合的なスポーツ政策の在り方について考察中。
著書:Comparative Elite Sport Development(共著)

萱野

まずは、お仕事について教えてください。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)のシニア・マネージャーとして、どのような仕事をされているのですか。

山本

2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されますので、いまはその「レガシー・プロジェクト」にかかわっています。スポーツの力や価値を通して世界に貢献する、という日本政府のプロジェクトがあります。私が実施しているプロジェクトは、大きく分けると3つあります。1つ目は、スポーツを通した国際社会の発展を目指した人材育成事業。2つ目は、スポーツの価値を基盤とした教育活動の推進・展開。最後がアンチ・ドーピングのプログラムを日本以外の国に広げていく活動です。ベトナムやインドネシア、カンボジアといった東南アジアの国々を中心に、国内外の競技大会出場・開催のための教育プログラムや検査体制を整えたり、そのためのアシストをしたりしています。

萱野

今日はアンチ・ドーピングの国外展開に絞って伺いたいと思います。日本とは異なる事情や背景を抱える国々の体制を整えていくなかで、一番苦労される点はなんですか。

山本

なぜそのような意思決定をするのか、なぜそうした体制・構造や予算の使い方になっているのか。相手国の事情が100%理解できるわけではないので、わからないことがはじめは多いです。逆に彼らも「なぜ日本はそういうやり方なのか」と疑問に思っている。ですから、上から目線のアシストにならないよう、よく話し合いながら進めていくことが大事です。その際、アンチ・ドーピングやオリンピック出場のためなどには明確な国際基準がありますから、まず国際的なルールをきちんと理解し、守ったうえで、その国の事情に沿った形で国内で実施されるプログラムをうまく国際基準に適用させる方法を考えなくてはいけません。例えば独自の方法でBの主張を繰り返してきた彼らが「そうか。Bではダメなんだ。Aというルールを守らないといけないのか」と自ら気づけるようになるまで、ルールの理解を促進させることが重要だと思っています。

萱野

アンチ・ドーピングというのは、ドーピングのない世界を作り、スポーツの価値を高めていくための国際的なルール作り。そうしたルールを作り、構築していくというのは、まさに課題解決ですね。

山本

2016年秋にベトナムのダナンで「アジアビーチゲームズ競技大会」が開催されますので、今年ベトナムの担当者を日本に呼び、トレーニングを受けてもらっています。しかし、アンチ・ドーピングの体制が整備されていない国は、お金も人材も動機づけも不十分ですから、1回のトレーニングだけでは継続性が望めません。大会が終わってからも持続可能な体制を整えていくために、ベトナムの5年計画のアクション・プランを作る準備も進めています。

萱野

ルールは作ったら終わりではなく、それをさらに広め、より普遍的なものにバージョンアップしていく必要があるわけですね。

山本

その通りです。私たちは「アンチ・ドーピングはmovement(運動)だ」という言い方をするんです。アンチ・ドーピングというと、「検査して、ドーピングをする悪いヤツを捕まえている」というネガティブなイメージを持たれがちですが、スポーツの価値を高め、広げていくポジティブな運動の一環なのです。一人ひとりが、それぞれのやり方で課題解決の方法を提示することができる。例えばトップ・アスリートだったら、自身の社会や若い世代への影響力を考えつつ「私たちはクリーンで公平なスポーツの舞台で戦いたいから、リオや東京のオリンピックをこういう大会にしたい」といったポジティブなメッセージを発信するのも1つの方法だと考えています。

萱野

山本さんが津田塾大学を卒業し、このようなお仕事に就くまでの経緯を教えていただけますか。

山本

大学2年のとき、国際政治と何か1つのissue(問題)を取り上げてまとめなさい、という課題があり、私は「国際関係とスポーツ」をテーマに選びました。当時は国際政治学の分野でスポーツを扱うことがあまりなかったからです。書き上げたレポートを先生が「おもしろい」と言ってくださり、それがそのまま卒論のテーマになりました。卒業後、スカラシップをとってイギリスのレスター大学大学院へ。そこにスポーツを社会科学的に研究する研究所があったのです。それからイギリスのラフバラ大学でトップ・アスリートの政策とアンチ・ドーピングの政策の両方を研究対象にし、博士号をとりました。

萱野

最初は研究者を目指していたのですね。

山本

イギリスに残ることも考えましたが、2008年に帰国し、縁あって2016年オリンピック・パラリンピック招致活動にかかわりました。大学でずっと研究や分析を続けるよりも、自分の研究をどう実践に生かせるか、オフィシャルな文献からだけではわからない政策決定の現場に身を置いてみたい、という思いがあったからです。その後、カナダにある世界アンチ・ドーピング機構(WADA)で2年強働き、2012年、JADAに入りました。 萱野

萱野

スポーツにおける政策決定の現場は、まさに課題解決の連続だと思います。山本さんは課題解決に一番必要な能力は何だと考えますか。

山本

先見性。つまり、ビジョンを明確に持つことだと思います。例えば、2020年7月開催のオリンピックのあとに、どこに日本のスポーツや世界のクリーンなアスリートを保証するようなプログラムを持っていきたいのか。どうあってほしいのか。中長期的なことがしっかり見えていれば、いまやるべきこと、頑張らなくてはいけないところの位置づけも見えてくる。私がいまやっていることも、「こうあるべきではないか」と2012年ごろ種をまいて育ててきたことが地道につながっている結果だと思っています。

萱野

個々の課題を解決するためには、もっと長期的なビジョンの中でその課題を位置づけられないと意味を付与できないし、方向性を見定めることができない、ということですね。では、先見性を身に着けるにはどうしたらよいですか。

山本

視野を広く持っていること。そして、仕事を楽しむことでしょうか。視野が広くないと必要な情報も入ってきませんし、自分が当たり前だと思っていることが本当に正しいのかどうかもわかりませんから。例えば「こんな情報があるよ」と先輩から資料を渡されたら、自分でなぜその情報が渡されたのか考えたり、自身でいろいろなものを探し、「私もこういうのを見つけました」とリターンできる人は課題解決力が高い。視野を広げよう、仕事を様々な観点から考えもう少しおもしろくしよう、と常に思っている人と働いていると、お互いに視野を広げあうことができ、仕事がもっと楽しくなります。 萱野

萱野

1つ資料をもらったら、それをきっかけに自分でどこまで関心を広げ、動けることができるか。知的好奇心を持ち、知的行動力を発揮することが必要だということですね。本日は興味深いお話、どうもありがとうございました。

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