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対談

第1回 「課題解決」には3つの力 あきらめずに挑戦を

2016.09.28

村木厚子さん
(元厚生労働事務次官、総合政策学部客員教授)

村木 厚子氏 略歴

高知大学卒業後、労働省(現厚生労働省)入省。女性政策、障がい者政策などに携わり、2008年(平成20) 雇用均等・児童家庭局長、2012年(平成24)社会・援護局長などを歴任。2013年(平成25)7月から2015年(平成27)10月まで厚生労働事務次官。
著書に『あきらめない~働くあなたに贈る真実のメッセージ~』(日経BP社)など。
2017年4月より総合政策学部客員教授に就任。

萱野

村木さんは高知大学を卒業後、労働省(現・厚生労働省)に入り、雇用均等・児童家庭局長などを歴任しました。2015年10月まで、女性としては2人目という事務次官も務め、男性が多い官僚の世界で華々しいキャリアを築かれてきた。そのお立場から今後、日本社会ではどのような課題が重要になってくると思われますか。

村木

少子高齢化のインパクトは相当大きいと思います。これまでは人口が増え、経済が成長することを前提に様々な仕組みができ、多少の不具合があっても成長の余力で問題を解決できました。しかし、これからは現役で働く生産年齢人口が減り、高齢者を大量に抱えます。人口構成が変わるなかでの人口減ですので、いままでと違う局面になる。優先順位をつけ、ものごとをしっかり考えていく知恵が必要とされる時代です。

萱野

「あれも、これも」ではなく「あれか、これか」を迫られるわけですね。新しい問題が次々と出てきても、税収は増えないので、結局は後世にツケを残す形になってしまいます。

村木

女性がもっと活躍できるよう、社会の仕組みを変えることと、子を持つ選択が可能になる環境を若い人たちのためにつくることが大きな課題。いま投資すべき対象は女性と子どもである、とみんなわかっているのに、まだそこにスピード感をもって踏み込めていません。やはり若い世代のほうが政治力は弱いですから。

萱野

女性や子育て・教育に予算を回そうとすると、どこかを削らないといけない。民主主義社会では、この「削る」という作業が大変ですよね。女性が活躍できる環境整備のために村木さんが特に注目されている問題は何ですか。

村木

保育という、ごくベーシックなサービスです。せめてこれだけでも、あと何年で解決できるか、日本は試されていると思います。自治体が本気になって予算をつければ解決できるはずで、それさえできないとしたら、この国は救いようがないかもしれません。もう一つは、働き方の問題。こちらは、お金や行政の力だけで解決できるものではなく、会社はもちろん、一人ひとりの行動や文化も変えなくてはならないので、とても難しい問題です。

萱野

保育に関しては、なぜなかなか前進しないのでしょうか。

村木

2015年4月に導入された「子ども・子育て支援新制度」により、保育所の整備を加速化する動きにはなってきました。ただ、ネックになっているのが保育士不足。そのためには、一つには保育士の給与を上げる必要があります。10パーセントとなる消費税がその財源になるはずでしたが……。それから保育士の労働条件も、もう少し改善しなくてはなりません。お父さん、お母さんたちの労働時間が長くなると、保育所の開所時間も長くなり、結局は保育士の労働条件も悪くなります。

萱野

長時間労働は、働き方の問題のなかでも大きいですよね。

村木

日本の企業で、特に正社員の働き方が長時間である限り、育児・家事などを背負った人たちは二流社員になってしまいます。日本の場合、非正規の処遇は相当低いわけですが、同じ正社員であっても、やりがいのあるメインストリームの仕事ができなくなることが多い。「それなら産みません」とあきらめてしまうのは、もったいない話です。

萱野

キャリアか子育てか、選択しなければいけない、という時点で環境としては不十分ですよね。

村木

先進国で女性が働けている国は、じつは出生率も高いという相関関係があります。日本の社会でも、女性に活躍してもらいたいというメッセージは、いまはっきり出てきた。しかし、まだ環境が整っていないなかでは家庭生活や子育て・介護はどうするのか、といったジレンマがあります。結局、いまの若い人たちが本当に納得いく人生を送るためには、大変かもしれませんが、政治に関心をもち、職場のあり方や働き方、自分たちが生きていく環境などをきちんと考えていかないと、あきらめて人生を過ごすことになってしまいます。

萱野

課題解決すること自体が、自分の人生を切り開いていくことにもなるわけですね。

村木

若い人たちが本気で考え、行動してくれると、ジレンマが解消されていくのではないか、と期待しています。「課題解決」というキーワードを津田塾大学の新学部が掲げているのはとてもよいことで、いまの若い世代は、それを求められる時代に生きていかなければならないのだな、と思います。

萱野

私は哲学が専門なので「お金で買えないものは何だろう」と常々考えるのですが、一番買えないのは「納得」だと思うのです。自分で何かをやってみて、それでできないのであれば納得できます。それは、お金では買えません。

村木

私もそれに近いことを考えています。若い国だと、国全体の未来が明るくて、みんな同じ方向に進んでいます。しかし、成熟した社会で自分が納得できるように生きていくとなると、自分の人生を何に懸けるか、私は何をするべきだろう、ということを真剣に考えなくてはいけなくなりますね。

萱野

そこに女性が積極的にかかわっていく意義とは。

村木

男性と女性とでは能力は一緒でも、まだまだ選択を迫られるのは女性のほうが多い。女性にしか起こらない、出産のような大きなライフイベントもありますよね。なぜ自分はこうした状況におかれているのか。社会はどうあってほしいのか。選択を迫られている女性たちが本気で発信していかないと、社会は変わらないと思います。選択を迫られない人たちは気づかないのですから。

萱野

「課題解決力」はどのように身に着けるものでしょうか。

村木

私は22歳から59歳まで役所に勤めた経験から、後輩たちには3つの力が大事だと伝えてきました。1つは「感性」。課題解決のためには、ここに問題があるとか、相手の問題に気づいてあげられる感性がまず必要です。これは勉強だけでは身に着きません。次に「企画力」。課題解決策を考えつく力とも言えます。「頭がよくないとダメかな」とか「クリエイティブでなくては」と思いがちですが、あるとき役所の先輩に「企画力は経験値が上がるとついてくるよ」と言われました。私も30年以上働いてきて、その通りだなと実感します。自分はこういうのは苦手だ、とか才能がないと決めつけずに、その分野で一生懸命やってみると力はつきます。そして、3つ目に大事なのは「説明力」。最近になってその重要性に気づきました。課題を解決していくために、その方法を提示して仲間をつくったり、お金や権限を持っている人たちを説得したりする、結構ウェートが大きい力だと思います。

萱野

確かに、よいプランを考えてもそれを実現するにはいろいろな人を巻き込まないといけない。そのためにはいかに示し、説得するかは大事ですね。その力はどうしたら高められますか。

村木

いろいろな力の総合力でもありますが、聞く人の立場に立てる、というのが大きいのではないでしょうか。これもトレーニングで身に着きます。私はよく、自分の仕事を理解したかったら知らない人に説明してごらん、と言っています。自分で理解するレベルと、相手に説明できるレベルとでは、理解の深さが違いますよね。それは企画力にも返ってきます。

萱野

グローバル化が進むなかで、外国人だけでなく、国内でも多様な文化や価値観を前提として仕事や生活をし、課題解決をしていかなくてはならなくなる。多くの人を巻き込みながら、きちんと説明できる力というのは本当に大切ですね。ところで、教育現場ではいまキャリア教育が盛んで、若い人たちも将来のことを真剣に考えています。しかし、それでもやりたいことがなかなか見つからない、という人も多いようです。

村木

20~22歳ぐらいでは、まだ自分の一番得意なことを見つけられていない可能性が高い。その時点で全部を決めるのは無理ですし、就職活動で企業研究を一生懸命しても、入社後に環境が変化するかもしれませんよね。ですから、あまり決めつけずに飛び込んでみて、そこで本気で取り組んでみる。そのなかで自分のやりたいことやミッション、自分がこの問題を解決しなくては、というものに巡り合えるのではないでしょうか。じつは私、社会人になるまで対人恐怖症でした。公務員になったのは、机に向かって真面目にコツコツというイメージがあったからです。ところが役人生活を送っているうちに「村木さんは対人折衝が上手だ」と言われるようになった。一番苦手だと思っていたことで評価され、わからないものだなあ、とつくづく思います。ですから、若いときの自己評価で決めつけないこと。巡り合ったもので挑戦してみるとおもしろいですよ。

萱野

そんな村木さんにも、若いころに失敗した経験はありますか。

村木

ゾッとする失敗、結構あります(笑)。最初の失敗で、一番強烈に印象に残っているのは、国会答弁の清書ミス。昔は国会答弁を政治家が読みやすいように、私たちがサインペンで大きく清書していたのです。あるとき「新経済社会7カ年計画」という言葉を「へえ、70年計画ってあるんだ」って思い込んで清書した。カタカナの「カ」とゼロを書き間違えたのです。大量のコピーをとり、何十部も資料を作って、夜中の2時か3時ごろに「あっ! あれはどう考えても7カ年だ!」と気づきました。上司に謝り、課の全員でホチキスをはずして、資料を作り直し……。大臣に恥をかかせていたらと思うと、いまでもゾッとします。

萱野

逆に一番うれしかったことは。

村木

賛否が真二つに分かれるような大きな法改正がありました。法律が通り、反対していた地域や団体に説明に行ったら、「まあ、今回は村木さんに騙されてあげようか」と言われたのです。誤解を招く言い方かもしれませんが、賛否が分かれたときに「あいつが言うのなら飲み込んでやるか」と言われるのは、一番の褒め言葉ではないでしょうか。確かに理屈で説得することはとても大事ですが、世の中、全部理屈で動くものではないですよね。

萱野

それは、今後の課題解決のあり方を示唆している言葉だと思います。限られた条件で何かを成し遂げなければいけないとなると、必ずしも全員が納得できるわけではない。そのなかで一歩でも前に進むためには何が必要か、ということですよね。

村木

「納得性」にもからんできます。誰もが大喜びするわけではない。むしろ、自分は損するかもしれない。でも「いろいろ考えると仕方がないな。納得しましょう」と思ってもらうには、説明力だけでなく信用も大事です。

萱野

特にこれからの時代は、納得してもらえないと前に進めませんからね。最後に、男社会のなかで奮闘されてきた女性の立場から、若い世代にメッセージをいただけますか。

村木

女性である、職場のなかでの希少種であるということの価値と不利は、私の場合、コインの裏表のように両方ありました。ただ、年齢を重ねるとともに、女性であることの不自由さは減った気がします。いま、社会は女性の活躍にとても期待していますし、環境もゆっくりとですが、よくなってきています。あとは、自分で工夫し、少し環境に働きかけていけば、やりがいのある仕事を見つけられる時代になっています。「できない」「ダメに違いない」と思わずに、チャレンジしていただきたいです。

萱野

ものごとは動かないようでいて、意外と環境を変えれば変わったりします。

村木

動きます。そのときに動くこともあるし、少し後になってから動くことも。一番よくないのは、最初からあきらめてしまうことです。私は万策が尽きたなと思うと、とにかく歩いてみます。物理的にあちこち行って、話を聞いてみると、まったく違う組織の人から解決策が見つかったりする。私は、これを「犬も歩けば作戦」と呼んでいます(笑)。こだわりすぎず、とらわれすぎず、あきらめずにいると、フッと解決策が降りてくることがたくさんありますよ。

萱野

貴重なお話、どうもありがとうございました。

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